田舎の都市のお一人通信

一人暮らしは田舎の都市がオススメ

自宅待機 日曜 昼

朝の祖母の妹家族の話だが、1年くらいして祖母は家から追い出した。

追い出したと言うと聞こえが悪いが、当時の町長か何かに頼んで、町営住宅に入る事に。

あのまま居候を続ける事がお互いの家族の為にならないと思ったんだと思う。

その後はおじさんも立ち直って行った。(最後まで町営住宅だったけど)

甘やかすばかりが優しさじゃ無いって事だよね。

それでもその後になってもお米が無くなると家の米びつから持って行っていて、母が悲しそうにしていた事も覚えてる。その頃は家も決して豊かでは無かったから。

何しろ自分で働いた事の無い大人が三人。(戦前は裕福だったからね)

よく今まで『家』があったもんだ😱😓

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考えてみたらあの頃の暮らしは今で言う『エコ』というか『しまつ』な暮らしだった。

祖母は『お宝』や高級家財(紫檀の卓とか蒔絵の棚とか)を切り売りしながら子供を育てていたけど、戦後まもなくはそんな物も売れない。

お陰で中途半端な残り方をした様々な物を孫の私が処分している。

手編みのセーターは何度も解いて編み直し、母のコートは弟の入学式のスーツになった。

家で出来る事はほとんど家の中でした。

紙で作った着せ替え人形なんて、今の子に受けるのかな。

絵の得意な私はいつも『洋服屋さん』役で、せっせと人の服を作るばっかりでろくに遊べない。

紺屋の白袴』あの時実感したのかも。ほどほどに出来るのが幸せって😓